内山 節 ライブラリ

『上野村の動物たち  (5)キツネ』

2002.05.05 森づくりフォーラム会報80号寄稿

 村で一番威張っている動物はキツネである。山道で出くわしても、逃げることも、道を譲ることもない。スタスタと歩いてきて、「お前がどけばいいんだよ」といった雰囲気で、すれちがっていく。「不愉快な奴だな」というように、ぶつかられたこともある。

 その点では、熊の方が、やはり山の王者である。つまらぬ威張り方はしない。結構低姿勢で、自分から道を譲ってくれる。それでいて王者の風格を備えている。

 畑で耕していると、キツネが様子を見に来たことがある。山から下りてきて畑に座り、私の作業を観察している。ときどき後足で体をかいている。私は「ちょっと待っててね」と声をかけ、家に戻って食べ物を探すと畑に引き返してきた。キツネの前に、食べ物を置いて「よく来たね」と話しかけた。やはり逃げようとはしない。せんべいは好評だったようだ。甘納豆は1粒食べて、「こりゃまずい」というように食べるのをやめた。

 それを機会に食べ物をもらいにくるようになったのかといえば、キツネはそんなことはしない。物乞いをすることなどは、キツネのプライドが許さない。キツネにとっては、キツネこそが村で一番えらいのである。

 山の動物たちにはある種の相関関係があって、キツネがふえてくると野ネズミが減り、野ウサギの姿を見かけなくなる。雑食性もあるとはいえ、キツネは本来、肉食動物である。ところがキツネがふえてくると、そのキツネに伝染病が発生する。この病気はタヌキにもうつるが、毛が抜け衰弱して、タヌキとともにキツネは減少する。こうして、しばらくの間、キツネとタヌキの姿を見ることがなくなる。

 そうすると今度は野ウサギをよく見るようになり、畑の作物を野ネズミが食べることが多くなって、しかしまた10年もすると、威張りながらキツネが村を歩いているようになるのである。

 上野村では、4~5年前に病気が発生し、キツネとタヌキが姿を消した。すると、どういうわけだが、このときはハクビシンがふえてきて、タヌキのような動物をみかけると、決まってハクビシンだった。キツネとタヌキはイヌ科の動物で同じ病気がうつるけれど、ハクビシンはネコ科である。

 昨年になって、タヌキは早くも復活のきざしをみせている。どこに引っ越したのかハクビシンがいなくなり、着々とタヌキが王国を築きあげつつある。昨秋は私の家の縁の下でもタヌキが住んでいて、夜中にケンカをしてはよく私に、「うるさい」としかられたものだった。キツネはまだ姿を見かけない。タヌキより、復活に時間がかかるのであろう。

 いまはイノシシに伝染病が発生している。やはり毛が抜けて衰弱していく。イノシシは近年、東北、北海道を除く全国で大発生しているが、これで自然に個体数の調整がおこなわれるのであろうか。村の動物たちの世界は、たえず変化している。そんな様子を見ていると、村の人間社会の変化も、また受け止めながら暮らしていけばよいのかもしれない、という気がしてくる。ときには人間が減ることもあるだろう。しかしいまでは、その過疎化も終了のきざしをみせている。自然の法則と社会的影響という違いはあっても、村では自然も人間も、その王国の消長の中に、共時的な空間をつくりつづけているのかもしれない。


2002.05.05 森づくりフォーラム会報80号寄稿

プロフィール

内山 節 (うちやま たかし)哲学者

森づくりフォーラム代表理事
1970年代から東京と群馬県上野村の二重生活を続けながら、在野で、存在論、労働論、自然哲学、時間論において独自の思想を展開する。2016年3月まで立教大学21世紀社会デザイン研究科教授。著書に『新・幸福論 近現代の次に来るもの』『森にかよう道』『「里」という思想』『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』『戦争という仕事』『文明の災禍』ほか。2015年冬に『内山節著作集』全15巻が刊行されている。

内山 節オフィシャルサイト

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