内山 節 ライブラリ

『上野村の動物たち  (3)スズメ』

2002.03.05 森づくりフォーラム会報78号寄稿

 ほんの5,6年前までは、上野村でスズメをみかけることはなかった。遠くからみるとスズメのようにみえるのは、たいていはホオジロで、本物のスズメをみるには、3つほど下流の町にでかける必要があった。だから私は、スズメは都市と農村の鳥であって、山村の鳥ではないのだろうと思っていたほどである。

 そのスズメが5、6年前に村の下流の集落に姿を現すようになり、そして3年前には、ついに私の暮らす山奥の集落にも登場したのである。老人たちも、村にかつてスズメがいた記憶はないという。

 最初に私の家の辺りに現れたのは、3年前の初夏の頃だった。30羽ほどの群れで、それが電線に一列に並んでいた。東京のスズメと比べれば、はるかに警戒感が強く、容易に地面に降りてこようとはしなかった。電線にとまっているときも役割分担があるらしく、ある者は前を向き、またある者は後ろを向き、さらに横を向く者もいて、声を掛け合っては安全を確認している。そのうち地面に降りてきたけれども、そのときも半分は電線に残り、交代で地面に降りていた。

 そのスズメたちは夏から秋の日々を私の集落で過ごし、初冬の頃に姿を消した。そして翌年のやはり初夏の頃に、また群れで現れた。今度は、巣立ったばかりの子スズメをたくさん連れてきていて、2世代の群れである。

 この群れも、やはり初冬の頃にどこかに引っ越していき、そして昨年も森が夏の様子をみせる頃に、私の集落へと帰ってきた。

 なぜ山奥にスズメが進出してきたのかはわからない。辺りをみても、以前よりスズメのエサとなる草の実や虫が豊富になったということもないようだ。スズメの敵が減ったということもない。だからこそ上野村のスズメたちは、周囲に強い警戒の目を配りながら、全体で団結しながら暮らしている。

 とすると、気候の変化が影響しているのだろうか。確かに上野村も年々暖かくなってきている。もうひとつ考えられることは、農村が彼らにとって暮らしにくくなってきていることだ。それと関係があるかどうかはわからないが、たとえば最近では、ハチが山村と都市に集中する傾向をみせている。東京でも近年では子スズメバチやニホンミツバチはめずらしくなくなっていて、その分農村がハチの空洞地帯になりつつある。多分農薬を避けているのだろうといわれているけれど、すべて推測してみるしかない。

 もしかすると自然の生き物の空洞化と過疎化が、農村で起こっているのかもしれない。昨年現れたスズメたちは、ついに冬になっても引っ越そうとはしなくなった。だから、いまでも私の家の辺りを飛び交っている。

 正月に上野村では雪が降った。庭の桜の木にスズメの群れがとまり、やはり周囲を警戒しながら、雪に埋まっていく大地をみていた。私は家のなかから少々の米を取り出し、庭にまいて彼らに手を振った。お腹がすいていたのだろう。このときは半分がすぐ庭に降りて米をついばみ、それから残りの半分と交代した。

 しばらくして、今度はドサッと米を庭に置いた。スズメたちは降りてこなかった。こういうウマイ話にはワナがある、と思っていたのかもしれない。その米も、2、3日後には平げてあって、辺りにはスズメのフンがたくさん落ちていた。こうしてスズメは、同じ集落に暮らす仲間になった。


2002.03.05 森づくりフォーラム会報78号寄稿