| 国有林のあり方については、これまで私たちは以下のような指摘・提言を行ってきた。
(1) 国民は国有林の財政赤字を批判しているのではなく、独立採算制のもとで十分な森林管理ができなかったことを批判しているのである。
(2) 債務処理において、その一部を国有林の自助努力によって返済するというが、国有林の森林管理が、林業収入によってまかなえなくなっているのに、このような計画を実行しようとすれば、返済のためには、民間への林地売却などに頼らざるをえず、それは国民の期待に逆行するばかりか、新たな累積赤字の火種を残すことになる。
(3) 現在の人員でも、国有林は十分な森林管理が行われているとはいえないのに、その時どのような管理がなされるのかが説明されないままに、人員削減だけが先行していってよいのか。これからの国有林は管理だけを行うとされているが、
(a)この人員で、たとえ管理だけでも十分にできるのか、そのときの管理とはどういう意味内容であるのかを説明してほしい。(b)森林に施業と切り離された管理があるのか、という疑問を私たちはもたざるを得ない。
(4) すでに国有林事業の多くが民間に発注され、民間への実質的な事業委託は進んできたのだが、その結果はどうだったのか。むしろ健全な森林の育成にとってはマイナスになる施業が各地で横行したのではなかったか。今日の事態の遠因をつくったかつての過伐の原因はどこにあったのか。なぜ財投資金が導入されたのか。実にさまざまなことが、国民にはその実態が開示されていないのである。現状のままでは、国民の森林問題への誤解を解くことも、森林管理への国民参加の気運を高めることもできないであろう。
(5) 国有林が真に、地域、流域の人々や国民に開かれた国有林に変わるためには、今日のように営林署が国有林を管理するのではなく、国有という形態を維持したうえで、地域の「森林委員会」、自治体、流域の諸団体を入れた、地域・流域の「国有林管理委員会」をつくり、その地域、流域にふさわしい国有林の森林計画をつくり、管理していくことが必要なのではないだろうか。またそのことによって、民有林の計画、調整をすすめる「森林委員会」と「国有林管理委員会」が協力し、真に「官・民一体」の森林管理が実現するのである。
この間に進められた国有林改革において、まず、「国有林野事業の改革のための特別措置法」第5条第1項において「政府は、国土の保全その他国有林野の有する公益的機能の重要性にかんがみ、国有林野の管理経営の方針について、林産物の供給に重点を置いたものから公益的機能の維持増進を旨とするものへと転換する。」とされたことは評価される。
また、従来の「国有林野法」にかわって「国有林野の管理経営に関する法律」が制定された意義は大きい。この第3条で「国有林野の管理経営の目標は、国土の保全その他国有林野の有する公益的機能の維持増進を図るとともに、あわせて、林産物を持続的かつ計画的に供給し、及び国有林野の活用によりその所在する地域における産業の振興又は住民の福祉の向上に寄与することにあるものとする。」とうたわれている。
これらの法律によって、以前は国という一森林所有者の財産であった国有林が、初めて国民の財産としての国有林に生まれ変わったといえる。しかしながら、その実態は言葉どおりに受け取ることができるであろうか。
国民の森林であるならば、その管理方針の決定において、国民の同意をいかに得るかが重要である。今回の一連の改革において、確かに、法定計画である農林水産大臣が定める「管理経営基本計画」や森林管理局長が森林計画区別に定める「地域管理経営計画」、法定計画ではないが、森林管理局長が森林計画区別に具体的な施業について定める「施業実施計画」の策定にあたっては、事前に公告、縦覧、意見の申し立て等の広く国民の意見を聴くための手続きが用意されている。
いわゆる市民参加の手続きを用意したことは大いに評価できるが、これは私たちが提言してきた、地域・流域の「国有林管理委員会」をつくり、その地域、流域にふさわしい国有林の森林計画をつくり、管理していくことというものからすれば、満足のいくものではない。
確かに改善はされたが、これらの手続きが十分に機能するかどうかは、常にいかに運用するかにかかっている。現状は、ほとんど計画の存在が知られず、それに対する意見もあまり多くないのが実情であろう。これらの手続きをいかに活用していくかは、私たち市民に課せられた大きな課題でもあるが、その計画をより分かりやすいものにすることをはじめ、国有林側からの広く周知する努力が求められる。
次に、その計画の内容についてみてみよう。1998年度から、国有林ではこれまでの森林計画を全面的に改訂し、これまでの保安林にあたる森として水土保全林、各種保護林などを広大に設置し、林業的な森としては、循環的利用林を設けている。この改訂によって、循環的利用林は、全国有林の20パーセント程度になり、80パーセントの森は何らかの保護林や保全林に組み入れられるようになった。
この改訂を、林業重視から環境重視への転換として歓迎する動きもあるが、それは日本の森林をあまりにも知らない意見だといわなければならない。日本の森林は、利用しながら保全してきたことに大きな特徴があるのであり、それは人工林であっても天然林であっても変わらない。もちろん一部の奥山には、利用度が低かったがゆえに原生的な状態を維持している森林もあり、このような森は保護を軸にして考えるべきであろうが、大半の森は、人間が手を引けば良好に保全できるといった性格の森ではない。しかし現実に、今回広く設定された水土保全林には、広大な人工林もふくまれているのである。
とすれば、環境重視に転換するなら、環境的にみて良好な森をつくりあげていく森林施業の方法、そのために必要な労働力と財源の確保とセットで、それは考察されなければならないはずである。
ところが、今回の改定では、施業方法、労働力、財源の検討を事実上棚上げしたままで、つまり良好な環境林をつくるという意志さえみせずに、多くの森を放り出しただけである。それは今日の改定が、国有林の財政問題とそれに付随する人員合理化問題から導きだされたものだからであろうが、これでは環境林どころか逆に荒廃森林をつくることになりかねない。
さらに、債務処理についても3.8兆円のうち2.8兆円は一般会計へ振り向けられたが、残りの1兆円は国有林の自助努力で返済することとされた。これについても、私たちは、森林についての総合的な問題を理解せず、財政投融資資金の導入によって帳簿上のつじつま合わせをおこなった財政当局こそが、今日の国有林累積赤字の責任を負うべきなのではないかと指摘してきた。
私たちが懸念したように、すでに1998年度決算では96億円の一時借り入れを余儀なくされるなど、早くもこのシナリオは崩れつつあり、改めて一般会計による運営を強く求めるものである。なぜならば、このような事態は、無計画な民間への林地売却などを助長し、本来の国民のための森林を損ねる危険性が高いからである。
これらの一連の改革で確かに国有林は制度上は国民の森林になったといえるのかもしれないが、実質上はその実態は国民の森林とは名ばかりで、依然として国という森林所有者の森林でしかなく、私たちの求める姿とはほど遠いものがあるといわざるをえない。
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