| 私たちが求めている森林管理においては、地方主権の立場をとっているため、必然的に森林計画制度においても積み上げ型の計画制度を想定している。現状は上意下達方式の計画策定となっていると言えるが、少なくとも今よりは積み上げ型の性格の計画制度にする必要があると考える。
現在の上意下達型の計画制度は、木材需給率などの明確な目標が示されている時には制度として必要であるかもしれないが、現状のように木材需給率が有名無実になっている場合には機能しないと考えられる。また、この手法は制御型であるため、林業活動が盛んな場合には有効に働くが、林業活動が低迷している時にはあまり機能しない。
今後は持続可能な森林経営などを目指していくものと考えられるが、それは環境保全型といえる対応であり管理型のシステムが有効であると思われるので、その場合には上意下達型ではなく積み上げ方式の計画策定が必要になると考えている。
しかし、現在の計画制度において実質上、積み上げ型の取り組みができる可能性もあるので、運用における工夫により対応可能となる場合が考えられる。その場合にも、単に運用に任せるのではなく、市民参加の手法としてはその手続を法的に保障することが必要であろう。
また、内容的な性格としては、従来の森林計画においても、環境・資源・経済という視点は盛り込まれているが、かつての予定調和の思想から、基本的に資源計画を中心としたものとなっている。これは、林業から離れられないことから当然であったとしても、林業領域の縮小に伴い、相対的に環境保全が大きな意味を持つようになっている現状からすると、法的に林業からの呪縛を解いてやることが必要である。
その後、環境計画・資源計画・経済計画という三つの視点からの自律性のある計画を策定し調整することにより森林計画を樹立するようにすべきである。中でも、環境計画を基本的・優先的・超長期的なものとして、資源計画を環境と経済を調整する長期的なものに、経済計画は予測しきれないものとして、中短期的なものに位置付けることが必要である。
環境計画は自然条件等から積み上げられるものであり、資源計画の基本となり、これに影響される。現実的には、GISの導入により、環境因子も加えた森林機能評価により、ゾーニング手法を使って策定するのがわかりやすい。資源計画については、環境計画を踏まえて、森林の種類なども考慮にいれ、いかに森林資源をストックするかを含め、生産可能な森林資源の総量を提示した整備計画を策定する。そのため資源計画は環境計画に規定されるが経済計画に影響される。経済計画については、主に伐採後からの木材消費過程をふまえ、コスト削減・資源の安定供給などの視点から策定するため、経済計画は環境計画・資源計画に規定され、社会状況に影響されるものになる。
これらのゾーニングは、森林の持つ三つの基本的な社会的な意味である、環境・資源・経済についての優先順位のつけ方、あるいは重み付けの差をモノサシとしたものであり、決して森林の持つ具体的な機能に注目し、特定の機能による色分けをするものではない。なぜならば、本来、森林の特徴は、どのような森林であっても様々な機能を同時に発揮することに意味があるからである。そういう意味では、どれか一つの機能を重視することは、森林の価値を決して高めることにはならないと考えるのである。
ところで、現在では自然保護意識の高まりを受けて、国有林を中心に、「生態系保護地域」、さまざまな保全林、林業を目的とした利用林などにゾーニングする動きがすすんでいるが、この動きを誘導してきたものは、北米型のゾーニング理論であった。しかし、保護林と林業的利用林を線引きするこのゾーニング理論は、(1)北米先住民の生活を破壊した後につくられた移住民の理論であり、(2)今日の地域の人々の暮らしと結ばれていない森が存在する北米型条件から生まれた理論であり、(3)林業が日本のように村人によって営まれているのではなく、広大な林野を有する企業の活動としておこなわれている地域の理論であるという性格をもっているのであって、歴史的に村人の暮らしや労働と結びつきながら展開してきた日本の森林には適用しきれないところがある。
もちろん日本にも、村人による自然の利用がそれほどおこなわれてこなかった森も存在するし、今日では原生的な姿を残している貴重な森であり、安易に人がかかわると森の姿がこわれてしまいかねない森林があることも確かである。しかし、青森、秋田県境にひろがる世界遺産となった白神の森でさえ、歴史的にはマタギの利用してきた森であり、近くの村人が山菜採りや茸狩り、イワナ釣りの場所として利用してきた森である。白神の森を世界遺産にするなら、生態系の問題として指定するのではなく、人がかかわりながらも原生的な森が守られてきた、そのような人と森の関係が維持されてきた貴重さにおいて、世界遺産にすべきだったのである。
したがって、北米型ゾーニング理論を模倣するのではなく、日本の森と人の歴史を土台にしたゾーニングを考えないかぎり、それは、人と森とのかかわりを破壊し、かえって森を守る人々が森から離れる事態を招きかねない。たとえば白神の森が世界遺産に指定されてから、村人の白神の森からの追放と、逆に「世界遺産」の観光化、心ない観光客の森への侵入がふえている現実は、日本の森と人の歴史を踏まえないゾーニングの帰結である。
日本の森をゾーニングするときの考え方は、これからの人と森のかかわり方の多様性を軸にして考えられるべきであろう。たとえば都市内や都市近郊の旧里山は地域の人々がふれあい、自分たちで守っていく森、農山村の里山は地域の人々と流域の都市の人々の協力で育てていく森、比較的集落に近く、道路が通っている森は所有者と森づくりの技術者、ある程度の技術力をもつ森林ボランティアの協力で維持する森、その奥の森はプロフェッショナルな森づくりの技術者を軸にして守る森、また保護を中心に置く森は、伐採を一切おこなわず、地域の人々の伝統的な森林利用以外を認めない森とするなど、これからの森と人とのかかわりと、森を守る人々のあり方の違いこそが、日本的なゾーニングの基準にはふさわしい。
とともにこのような区分は、中央で決定するものではなく、その地域、流域の人々の参加をえて、地域が主体になって策定していく課題である。
したがって、以上に述べたように、各流域の森林の「フォレスト・ミニマム」をまず策定し、その内部に保安林機能を内包させたうえで、2層のゾーニング制度を提案する。
まず一つは次のような環境計画・資源計画・経済計画という三つの視点から、森林の制御における人工的な関与の度合いに基づいた自律性のある計画としてのゾーニングが考えられる。
保護公的管理(環境)
保護公的管理(環境)=「自然環境の保護を優先した環境林」(具体的には、人の手をほとんど入れない保護林)
資源備蓄(環境+資源)
資源備蓄(環境+資源)=「自然環境の維持を優先させた資源備蓄的な高ストック林」(具体的には、長伐期施業に基づき主に択伐による自然度の高い高蓄積の森林)
規制的利用(環境+資源+経済)
規制的利用(環境+資源+経済)=「自然環境の維持に配慮した経済的計画による高ストック林」(具体的には、長伐期施業に基づき皆伐を可とする自然度の高い高蓄積の森林)
計画的利用(資経+経済)
計画的利用(資源+経済)=「資源計画的な経済利用林」(具体的には、一定の伐期により計画的に維持される森林)
開放的利用(経済)
開放的利用(経済)=「開放的な経済利用林」(具体的には、一定の伐期により計画的に維持される森林)
もう一つは、先述したように、これらのゾーニングと重複して、森と人とのかかわりの視点、すなわち森林整備の担い手の種類に基づいたゾーニングである。
この2層のゾーニングから、それらの組み合わせにより様々な種類の森林の位置付けがなされるようになるが、これらのゾーニングは必ずしも一団のものとして明確に地域区分されている必要はないのであって、モザイク状に配置されていてもかまわないのである。あるいは逆に、地域によっては単一の位置付けによる大面積の森林があってもいいのであって、あくまでも、それは各流域の森林の「フォレスト・ミニマム」により地域の主体性に基づいて具体的に決定されるべきことであり、決して上意下達式に割り当てられるものではないであろう。
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