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「フォレスト・ミニマム」を考えるときには、その担い手の範囲は行政だけでなく従来の市場経済の中に包含されていた林業従事者にまで広がると予想される。その際、公共サービスを供給する担い手としての公務員労働において、労働基本権の問題とか、人間の尊厳を保持する上で譲れない一線などをいかに確保するかが問題となるように、林業従事者においても森林社会として共有しあうべき水準とは何かを決めていかなければならないだろう。
そういう視点にたてば、当然、公共サービスの担い手としての林業従事者に対する最低限の所得補償ということが俎上に上ることになる。今までは、林業従事者、特に森林整備に携わる担い手は、その所得を市場経済という林業という経済行為から捻出していたと位置付けられるが、現在の林業の状況は、もはや経済行為のみでは森林整備の担い手を支えきれず、その結果林地の荒廃など森林におけるシビルミニマムを維持できなくなりつつあることを示している。あるいは、森林における林業領域の縮小により、その背後に隠されていた環境問題がストレートに社会問題として露出するようになった結果、改めて「フォレスト・ミニマム」の確保について考えさせられるようになっているといえよう。
また、仮に林業における経済状況が好転したとしても、今後は生態系の保護など環境的な観点を無視した森林整備はありえないであろうことから、どちらにしても、森林整備に携わる担い手を森林公共サービスの担い手とする視点がでてくるのは必然である。
ここにいたって、「フォレスト・ミニマム」の担い手として、森林整備の担い手を対象とした直接所得補償という手法がクローズアップされることになる。森林公共サービスの担い手に対しても最低限の所得補償としての措置が必要なものとなってきているのである。
しかし、森林政策においては、すでに造林補助制度として、森林整備における環境保全部分に対する助成が存在することから、直接所得補償制度の導入は難しいとする意見がある。しかし、逆にこの制度の改革をもってすれば、実質的な直接所得補償制度の導入の可能性は高いと考えられるのである。
また、これまでの森林組合を中心とした林業政策における担い手対策はまさに賃金労働政策であり、今後の対策においても、これをどのように評価し、賃金雇用システムをどのように再構築するかが問われてくるであろう。ここにおいても、造林補助制度は、その雇用に大きな影響を持つものとして、あるいは雇用の底支えをしているといっていい存在であることから、その改革の意味は大きい。
この造林補助制度は、森林施業には公益性と経済性が同時に包含されているとし、助成はそのうちの公益性に相当するものとなっていると考えられる。そして、その助成額の積算・算定方式においては標準単価方式が採用されており、標準事業費をもとに各種の森林施業の内容により一定の割合で助成額が決定される。
それでは、造林補助制度がすでに直接所得補償的な存在であるならば、現在なぜ「フォレスト・ミニマム」は確保できていないのだろうか。それは単純な理由ではなかろうが、現在の木材市況から派生して、補助制度の基本的な性格が大きく影響しているのは間違いないだろう。
現在の造林補助制度の課題としては、森林所有者自身が整備を行う場合は、助成額を自身の労働に対する対価としての割安の賃金として納得すれば、補助部分だけで所得補償的な解釈はなりたつが、現在造林事業の中心になっている森林総合整備事業のような施業委託による場合は、あくまで森林施業の経済性の部分である補助残をもらわなければ事業が実施できないことである。
つまり、森林整備の担い手に林家の自家労働を想定しているうちは、この造林補助制度はかなり有効に働く可能性はあるが、森林組合等への施業委託などによる、いわゆる請負事業体を想定した場合には、その状況は大きく変わる。この場合、補助残の部分は森林所有者から負担を求めることになるが、現状のような採算性の悪い状況では森林所有者の森林への投資意欲が減退し、新たな投資をしても回収の見込みがないため、その負担をきらって森林施業自体を手控えるといったことから、森林整備が進まないのが現状であろう。林業の担い手対策の対象を自営林家から森林組合へ変更した時点で、造林補助制度の基本的な性格は変わってしまったといえるのではないか。
しかしこのような場合においても、仮に森林組合が補助残の部分を森林所有者からもらわないで、何割かの割安労働として施業を行うことができるならば、事業量の確保はできることになり、このときの労賃を最低補償金額と考えれば、所得補償的な考えは成り立つ。
しかし、その地域での森林施業における労務単価は、割安で実施した結果、実勢単価としては安くなる。そうすると補助制度の算定基準となる標準単価は、その地域の実勢単価を基準に算定されているわけであるから、次節には標準単価も下がらざるを得ず、結果的に補助金額が下がり、さらに労働単価を下げていくという悪循環になる。そのため、現行の造林補助制度では実質的な直接所得補償制度としての賃金労働対策の最低補償とはなりえない。
今後も賃金雇用システムを主な手法として、山村における林業労働者を維持するという戦略をとるのであれば、現在の造林補助制度の補助部分のみで最低賃金的に支えるシステムが必要となってくるのである。
そこで、この造林補助制度を改善することで実質的な所得補償制度を創設することを考えてみよう。現在は実施された森林施業の中には経済性と公益性が包含されているとして、その公益性にあたる部分の助成を行っているのであるが、これを、森林整備における公益性のみに注目し、補助ではなく公益性相当部分を給付金として交付する方式に変更すればよいのではないか。すなわち「森林保全に要する経費の直接支払い制度」(以下「直接支払い制度」という)の創設である。誰が行うか、何の目的で行うかは問わず、認められた森林整備を行う場合には全てこの給付金を交付するのである。
現実的には数年間の移行期間を経て変えていくのが妥当であろうが、できるだけ改編の影響を少なくするためには、予算的な対応、認定・査定システムの対応に工夫が必要になる。
予算的な対応としては、まずは、現在の規模、内容をそのままに移行することで足りるのではないか。給付額の認定・査定におけるシステムでの激変をさけるためには、現状のシステムにおける補助部分を公益性部分とし、現在の補助金査定方式をそのまま給付金査定方式とすれば、ほとんど実質的に影響なく移行できるのではないか。システム移行後、その予算規模、認定・査定基準を順じ変更していくことで「直接支払い制度」に完全移行する。そして、この給付額の認定・査定基準の設定において、今後の森林・林業の在り方を踏まえて、施業の種類により給付額の多寡を操作すれば、現在と同様の政策誘導の考え方が成立する。
このような給付金に近い制度は過去にも間伐総合対策における定額補助としての制度があったが、これはその補助額が現場の実勢単価と乖離したことで不評であったため、事業の計画期間の終了とともに制度も廃止された。これは、積算の根拠に問題があったわけであるが、この「直接支払い制度」における給付額の算定については、従来どおり標準単価方式により平均的な賃金水準、物価に対応して算定するようにしておくことが、山村側にとっても、また都市側にとっても算定基準を透明にするのに役立つ。
このとき、いわゆる以前の補助残分に相当する費用をもらわないことから事業実施主体においては森林整備をすればするほど赤字になると思うかもしれないが、そのときの算定基準となる標準単価の積算において所得補償の意味合いから都市での労務単価を使えば、山村部との賃金格差により、現状の実質的な補助率からすれば、ほとんど100%補助に相当するものになるのではないかと考えられる。
このような制度になると、森林組合や林業事業体が森林所有者に施業の実施を働きかけて、今までの補助残にあたる経費をもらわずにやれば、事業量の獲得も容易になり、やればやるほど事業収入はあがることから、森林整備事業を計画的に獲得・実施できるようになる。その結果、所得補償にはあたらないかもしれないが、森林組合等はどのような事業をどれぐらいやれば雇用をどれぐらい確保できるか計算できることとなり、実質的に所得補償に近いものになると思われる。このような制度改革を行えば、現在の賃金雇用システム政策をも変えずに済む可能性をもっている。
この制度のもう一つの意義は、現在の流域管理システムにおいて進められている山元での製材・加工等の産業と一体化するという方策をとらずとも森林の整備が可能になり、先導的流域以外での森林・山村対策が可能となることである。現在は、実質上、先導的流域といわれる地域のみが生き残る可能性が高く、その他流域に属する多くの民有林が、このシステムのもと地域に取り組む意志がないとして切り捨てられる可能性がある。現在の外材主導のシステムに対抗しうる木材産業との連携を持ちえない民有林は対象からこぼれてしまう。この民有林を今後どうしていくのかということが現在の緊急の公共政策の課題であると考えているが、この制度はそれを可能にするものである。
つまり、どこの地域においても森林整備を進めることができるようにすることは、国が保障すべき「フォレスト・ミニマム」であると考えられ、この制度はそれを実現する手法である。
また、森林組合や林業事業体以外の受け皿についても、例えば森林ボランティアをはじめとする市民活動も対象にいれることができ、森林NPOの育成にもつながることが期待される。
なお、このような「直接支払い制度」の認定・運用は後述する「流域森林委員会」で行うことにより、流域の森林整備と連動した対応が可能になる。
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