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1950年代後半から1960年代までつづいた、天然林から人工林への転換、いわゆる拡大造林は、1970年代に入ると転換期をむかえるようになった。現在では日本の森林の約40パーセントが人工林であり、そのなかには人工林不適地に無理して苗木を植えたものの、十分に成林しない場所もふくまれている。
人工林は、利用度の高い樹種を集中的に育てることによって、間接的には天然林の無理な伐採をくい止め、天然林を保護するという役割をもはたしており、けっして否定されるべきものだとは思わない。しかし今日では、(1)不適地につくられてしまった人工林をどうやって天然林に戻すか。(2)広葉樹の侵入した人工林づくりの技術を確立する。(3)現に存在する人工林の手入れをどうやって実行していくのか、といったことが課題となっている時代であり、その意味では拡大造林時代は終焉している。
ところが、林業イコール人工林面積をふやすことという拡大造林時代の精神の惰性は、森林組合、都道府県の森林整備法人などのなかには、いまだに残っているところもあり、しかも国の補助金が人工林づくり以外にはほとんど支出されない実質上の「産業補助金」であるために、この傾向を克服しきれない現実も存在する。
私たちは、まず国や都道府県の補助金を、「林業補助金」から、森を守り育てる仕事をしている人への「直接支払い制度」に切り換えることを求める。この転換によって、林業的な仕事も、非林業的な森を守り、森に手入れをしていく仕事も、等しく森を守る仕事として展開できる体制をつくりだしていくべきであろう。
これまでの森林に対する各種補助金は、林業という産業に対する補助金という性格を色濃くもっていた。それはうまく林業が循環すれば結果として森は守られるという「予定調和」説に支えられた補助金であった。
しかし今日では、(1)林業もまた森を守っていく重要な行為であることに変わりはないとしても、林業の対象にならない森をどう守っていくのかも重要な課題になっている。(2)林業をすすめている人々に対しても、木材生産の効率性を阻害するような、たとえば針広混交林の育成や複雑な多段林、下層木の保護、さらには広葉樹育成をめざした林業などが求められており、林業は純粋な産業とはいいがたくなっている。(3)林業は地域社会づくりと強く結びついており、この点でも林業は経営の効率性だけを追求するわけにはいかなくなっている。(4)これからの森林管理を考えるなら、地域、流域、都市の人々と一緒に森づくりをしていく必要があり、これらの面は林業の効率性だけをみればかえってマイナスになることが多い、といったさまざまな現実がある。
とすれば、産業としての林業振興を目的にした補助金政策は、すでにその意味を失っている、といってもよいだろう。
このような問題を解決するために、私たちは、森林に関する補助金を、(1)森林管理のための道路の開設など、森とともに暮らす社会づくりのための基盤整備をめざした補助金、(2)地域に適した加工場づくりなど、森林資源を有効に活用するための補助金、(3)森を守り育成するために働く人々に対する「直接支払い制度」としての給付金に整理すべきだと考える。
このなかの(1)、(2)、は、地域に適した林道づくりを阻害するような補助金になっていたり、地域の森林資源の有効利用とかけ離れた巨大な加工センターの建設がおこなわれたり、といった問題はあったが、運用規模や方法を改革すれば、有効なものであるということもいえる。
ところが、これからの森林管理のための補助制度の機軸になるべきものである、森で働く人々の賃金を支援していく制度は、全く存在していない。そのために森で働く人々は低い賃金を余儀なくされており、地域と森との関係や流域、都市との関係を考えながら森づくりの計画をたてるといった働き方は、どこからも収入が生まれないだけに、実行不可能な状態である。
森で働く人々とは、これからは森とともに暮らす社会づくりの中心として、さまざまな能力を要求される人々である。またそうならなければ、日本の森を守りつづけることはできないであろう。
ゆえに私たちは、森で働く人々への国が行う「直接支払い制度」を、早期に導入すべきだと考える。とともに、補助金の申請、受け取り組織は、現在の森林組合から、先述した「森林委員会」に移すべきだと私たちは考えている。
また、国から地方への補助金については、できるだけ国の関与を少なくするという地方主権の立場から、現在のような個別の事業ごとの補助金から地方における使途を自由に選択できるような総合補助金に改めることが必要であると考える。
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