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これまでの森林管理は、森林所有者、森で働く人々、森林組合、行政といったごく一部の人々の手によっておこなわれてきた。しかしこれからはそうであってはならない。森とともに暮らす社会をつくることによって、すべての人々が、それぞれの立場から森とかかわる時代をつくる、それが私たちの目標である。
そのためには改革すべきことも多い。これまでの古い体質やシステムを温存させたままで、人々を啓発しようとしても、それでは多くの人々は動かない。なぜなら森とともに暮らす社会づくりは、経済中心の社会を変えていくことをもふくめて、これまでの価値観、仕事の仕方、生活、人と自然とのかかわり方、人と人の関係など、いわばすべてのものを変えながら、文化的で持続可能な社会をつくっていく、壮大な改革のプロセスとともにあるからである。
とすれば、私たち森林ボランティア活動に参加している者たち自身をふくめて、これまでの価値観や行動に問題がなかったかどうかを、自ら問わなければならないだろう。私たち市民もまたけっして正義の代表ではなく、森を守ることさえできなくなった社会の構成要素の一人である。
行政や森林組合等の森林関係団体も、同じことを自ら問わなければならないだろう。ただし私たちは「悪人探し」を目指してこう述べているのではない。そうではなく、森さえ守れなくなった社会を生んでしまった「私たち」を、誰もが問い直すところから、新しい歩みと協同の行動をはじめようと考えているのである。
私たちの目標は、このことを共通の確認にして、森とかかわる新しい人と人の関係をつくりだしていくことである。とすれば、まず最初に何が必要なのであろうか。それはそれぞれの人々、行政をもふくむそれぞれの組織がもっているこれまでの問題点を謙虚に公表し、またもっているすべての情報を公開しながら、新しい信頼関係を築くことであろう。
とすれば行政もまた、これまでの森林政策にあった誤りを率直に認め、公表すべきである。私たちは行政批判のためにそれを求めているのではない。むしろ私たちの気持は次のようなところにある。たとえば、今日の視点からみれば、戦後の拡大造林は、造林不適地まで人工林化するといった、あるいは人工林のふやしすぎが村をどのように変えるかを配慮しなかったといった、いくつかの問題点をももっている。ゆえに私たちは、拡大造林のなかで生じた問題点をも、率直に公表すべきだと考えている。
しかし拡大造林がすすめられた高度成長の時代は、ほとんどすべての人々が経済合理性と経済効率の神話にとりつかれていた時代であり、たとえゆきすぎた拡大造林であったとしても、私たちもまたそれを批判できる立場にはないのである。私たちは、森にかかわろうとする者たちは、自らの誤りを認める謙虚さを森に対してもっていたいし、そのような謙虚さがあるからこそ、すべての人たちは信頼関係をつくれるのだと考えているのである。とすれば行政もまた、これまでの政策的な誤りを認め公表すべきであり、森林に関する一切の情報を公開したうえで、すべての人々と信頼感のある関係を築くべきなのである。
したがってこの「提言」もまた、私たちが「正義」を代弁するために提案するものではない。私たち自身の反省をふまえて、森とかかわるすべての人々との間に議論の場をつくるために、私たちはこの「提言」を提出する。森とともに暮らす社会をつくるにはどうすればよいのか。都市が農山村を必要とし、農山村が都市を必要とする社会をつくるにはどうすればよいのか。私たちはこのことを考えながら、ときに森のなかで働き、ときに議論を重ね、本「提言」を作成した。
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