内山 節 ライブラリ

『動物と人間』

私の友人でもある田口洋美さんが出した「クマ問題を考える」(ヤマケイ新書 二○一七年五月刊)によると、日本の歴史においては、一貫して人間と動物のつばぜりあいがおこなわれてきたらしい。むしろ三○年くらい前までのおよそ百年間が、例外的に平和な安定関係を生じさせていたと考えた方がい。

 田口さんは民俗学者で、東北地方を中心に数多くの農村、山村調査をおこなってきた人である。昔の人々の暮らしや村の変遷などを調べつづけてきた。

 この本を参考にしながら述べれば、太古の日本列島は野生動物の王国だった。そこに人間が移り住んでくる。更に農耕がはじまりの内が開墾されていくと、大型動物たちはそれまでの生活圏を縮小されることとなった。ところが人間の生活圏には、魅力的な食料もまたあったのである。今の山村地域で起こっているように、イノシシからみれば畑にはおいしそうな芋や豆があるし、堆肥の入った畑には好物のミミズも生息している。

 シカにとってもそこはおいしい草(野菜)のある場所であり、クマやサルなどからみれば果物や木の実がなっているところである。こうなれば動物たちは人間の生活圏に出てこようとする。地方で人間たちもまた動物たちの生活圏をも利用して暮らしを成り立たせてきた。東北地方では春のタケノコ(ネマガリタケ、チシマザサ)採りや、ミズ(ウワバミソウ)などの山菜採り、秋のキノコ刈りなどは、村の生活を支える大事な要素のひとつだった。人間と動物は緊張関係をもちながら暮らしてきたのである。

 さらに江戸時代には農地面積が飛躍的に拡大する。動物たちの生活圏がさらに縮小したのである。その変化は里に下りてくる動物たちをふやし、同時に人間が入っていく山野も拡大した。いたるところで動物と人間が衝突するようになった。ごく少数ながら、人喰いグマまで発生するようになる。

 東北の村では、自衛のために専門職として猟師をおき、藩もそれを宣するところが出てくる。対馬のシンガキはよく知られているが、畑を石垣で囲むといった自衛策も全国で取られている。対馬ではイノシシを絶滅させるために大がかりな猟もおこなわれた。

 動物と人間の関係を一時的に安定させた要因としては、狩猟者の存在も欠かせなかった。猟師は動物を絶滅させようとして猟をしているわけではない。動物たちに敬意を払いながら、ともに生きる環境をつくりだそうとしてきたのである。人喰いグマがでれば、どこまでも追いかけた。しかし自然は動物たちが暮らす世界であることもまた尊重してきた。しかし明治中期から戦前にかけて、寒い地域での戦争用に軍服のえりにつける毛皮が必要で、国を挙げて狩猟を推進した時期もある。戦前の狩猟は軍事産業でもあったのである。

 とともに犬の放し飼いによる成果も大きかった。犬が吠えながら追いかけてくれば、クマでも撤退する。さらに決め手となったのは、人家や田畑の周囲を草原が包んでいたことだった。かつての農山村の景色は、里と山の間に幅の広い草原が存在していた。

 草原は牛馬のエサとしての草刈り場であったり、やはり草を利用して堆肥や緑肥を生みだす場でもあった。また化学肥料がでてくる前の農業では、柴を細かく裁断して水田に鋤き込むという農法も広くおこなわれていた。このやり方だと新しく出てきた木や萌芽更新された木はたちまち柴として刈られることになる。こうして生まれた草原は、動物たちにとっては身を隠す場所がない。当然動物たちは草原に出ていくことを嫌がる。

 これらのことが重なって、一時的に動物たちと人間の間に平和的な関係が生み出されたのである。ところがいまではこの条件が変わっている。広い草原をもつ村はどこにも存在しなくなった。動物たちは安心して、人家や田畑の脇まで来られるようになったのである。そうなればすぐ前には、おいしそうな食べ物がたくさんある。犬の放し飼いも法律で禁止されている。狩猟者の高齢化や現象も深刻になってきた。こうして人里どころか、町中にまで動物が出現するようになった。

最近動物がでてくるようになった、ということではないのである。動物の王国に人間が住みついた以上、両者の緊張関係はつねに存在していた。そして農業技術の変化のなかでかつての草原に植林をしたことや、犬の放し飼いを禁止したことなどが、新しい緊張関係を生みだすようになった。どうやら私たちは、歴史的な視野をもちながら、自然と人間の関係を考えなければならなくなったようだ。

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※本記事は、「山林」(大日本山林会 発行)にて連載中のコラム「山里紀行」より
 第314回『動物と人間』より引用しています。
(2017年7月発行号掲載)
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プロフィール

内山 節 (うちやま たかし)哲学者

森づくりフォーラム代表理事
1970年代から東京と群馬県上野村の二重生活を続けながら、在野で、存在論、労働論、自然哲学、時間論において独自の思想を展開する。2016年3月まで立教大学21世紀社会デザイン研究科教授。著書に『新・幸福論 近現代の次に来るもの』『森にかよう道』『「里」という思想』『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』『戦争という仕事』『文明の災禍』ほか。2015年冬に『内山節著作集』全15巻が刊行されている。

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