内山 節 ライブラリ

『生物多様性と人間』

2010.12.01 森づくりフォーラム会報137号寄稿

 『生物多様性と人間』

 振り返ってみると私が森に関心をもったのは、もっぱら川の問題からであった。1970年代に入ると、私が釣りのフィールドにしていた源流の谷は、どこにいっても荒れた川になっていった。当然ヤマメやイワナといった源流の魚も減少し、シマドジョウなどはみることもできないほどに減っていった。釣りをする人間たちは、ここから川の現実について考えざるをえなくなった。

 一番大きな理由だと考えられたのは、大型ダム、砂防ダム、治山ダムなどによって、川の流れが切断されてしまったことである。しかもダムのなかには土砂が堆積し、その下では水のない川までが生まれていた。ところが、それだけでなく、現実にはダムのない川までが土砂に埋まり、変化の少ない川がつくられてしまっていたのである。

 そのひとつの原因は当時の粗悪な林道工事だった。パワーショベルで山を削り、土砂を谷に落とす工法がその頃はよくとられていた。ところがそれだけがすべてでもなかったのである。1956年以降の拡大造林によって、森が変わっていったことも、川に影響を与えていた。特に檜を植えた森の下を流れる川が荒廃していた。檜林は間伐が遅れると、たちまち土がむきだしになる。

 私たちはこうして、川と森が一体であることを知った。

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 川とは何なのか。当時の河川管理者は、川を水利用=利水と洪水防止=治水の観点からしかみていなかった。地域や生活のなかを流れる川という視点も、海の漁場を形成する川という視点も、河川環境という視点も、さらには川が生みだすさまざまな生産力という視点も持ち合わせてはいなかったのである。川がもつ多様な役割を考慮することなく、当時の「河川整備」はすすめられていた。

 当然それは川がつくりだす多様な関係を否定することになる。川と人間の多様な関係も、川と他の自然との多様な関係も。利水と治水という関係以外はその視野から消えていた。

 ところが、こうして森に関心をもつようになると、森の世界でも多様な関係が否定される方向で当時の日本が歩んでいることに、私たちは気づかざるをえなかった。森の経済林化と治山・治水のことしか、当時の森林関係者は考えていないかのようだった。もちろん私は林業を否定する気もないし、治山・治水の大事さを無視する気もない。だが、森と人間の多様な関係や、森と自然との多様な関係がなぜこれほどまでに無視されるのか、という怒りがあったのも確かだった。

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 そして川や森がこのような方向に向かって改造されていった時代、つまり高度成長と時代を同じくする1956年以降の時代とは、私たちの社会が画一化していく歴史と重なり合っていたのである。人間たちが個性を失い、小さな差異性に固執する時代。この時代のなかで、川も森も個性を失っていった。

そういう姿をみているうちに、私は、自然は人間社会の姿を模写するように展開されていると考えるようになった。人間たちが経済を重視する社会を築くようになると、川や森も経済の視点からつくりなおされていく。人間たちが個性を失っていく時代には、自然も個性を失っていく。人間たちが共同体をつくり、独立した「地域」を形成しながら暮らしているときは、自然も共同体とともに地域的な特性をみせている。

 どんな自然をつくりたいのか、あるいは維持したいのかという課題は、どんな社会をつくりたいのかということと同じ次元で検討されなければいけない問題なのである。

(本記事は森づくりフォーラム会報 2010年12月発行号に掲載された記事です。)

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写真:中沢 和彦(森づくりフォーラム)
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2010.12.01 森づくりフォーラム会報137号寄稿

プロフィール

内山 節 (うちやま たかし)哲学者

森づくりフォーラム代表理事
1970年代から東京と群馬県上野村の二重生活を続けながら、在野で、存在論、労働論、自然哲学、時間論において独自の思想を展開する。2016年3月まで立教大学21世紀社会デザイン研究科教授。著書に『新・幸福論 近現代の次に来るもの』『森にかよう道』『「里」という思想』『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』『戦争という仕事』『文明の災禍』ほか。2015年冬に『内山節著作集』全15巻が刊行されている。

内山 節オフィシャルサイト

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