内山 節 ライブラリ

『私たちは、この日本の風土は、何を育んできたのかを絶えずふり返りながらすすみたい』

「森林と市民を結ぶ全国の集い2018 in 東京」閉会プログラム 講演

 人々は、どのように森林を管理し利用し、どのように地域社会をつくってきたのか。
絶えずふり返りながらすすみたい。

 江戸時代以降、明治大正昭和平成へと、「いろんな問題はあったけれど、いい方向に向かってきていて社会は着実に発展してきた」。私たちは、そうした歴史を教わってきました。しかし、いまその歴史観を問わざるを得なくなっています。

 幕末に黒船でペリーが日本にやってきた頃、日本とアメリカのGDPにどれくらいの差があったのでしょうか。正確な統計があったわけではないのですが、専門家が推計したところによると、「ほぼ同じではなかったか」ということです。

当時の日本には軍艦がなかったけれど、江戸期の日本の民衆の作り上げてきたGDPの総量はかなり大きなものでした。GDPだけを見れば、あのときの日本はそれほどあわてなくても良かった(笑)。

それが、昭和16年に日米戦争をはじめた頃のGDPは1対10の差がありました。もちろん、戦争は勝てばいいというものではなく、戦争自体が悪ですが、この差があっても戦争を始めるのはあまりに無謀です。

 このことから見えてくるものは、明治になって殖産興業・富国強兵がすすめられますが、あの歴史は大失敗していたということです。つまり、国力を伸ばして欧米に追いつけといいながら、実のところは失敗してきた。なにを失敗したのか、その理由はどこにあったのか。それは、これからの課題でもあります。

 ひとつは、当時の殖産興業が財閥を中心としたゆがんだあり方だったこと。もうひとつは、江戸期までの民衆が築きあげてきた生産力を基盤とし、そこに新しいものを入れていくという努力をまったくしなかった。古いものをただ壊して西洋のものを入れるという方法をとってきた。

 つまり、そこの風土のなかで育まれてきたものを使ってこなかった。

 じつは、林業を含めて森林でも同じことが言えます。歴史的に、森林の管理の仕方、利用の仕方、維持の仕方などは各地域でいろいろな形での蓄積がありました。たとえば、林業的にいえば、江戸中期から人工林づくりは始まっていて、紀伊半島や九州の日田などで大規模に活発に行われていました。

そして、東京のこの四谷あたりも林業地でした。それがある時期から杉並あたりに林業地が移ったのですが、それでも名称は「四谷林業」と言っていたようです。

 ところが明治期以降、そうした日本の歴史的な森林管理や利用などを無視する形でドイツ林学を取り入れ、森林管理を行ってきました。けれど、それはいろんな意味で、うまくはいかなかったと私は考えています。

  私たちが「これから森林とともにに生きていく」ということを考えるとき、もう一度そのあたりをふり返らなくてはならない。もちろん、外国の技術で取り入れるべきものは取り入れるわけですが、その前に、私たちの暮らすこの日本はどういう風土であり、人々はどのように森林を管理し、利用して、どのように地域社会をつくってきたのか。これからを考えるとき、そうした姿勢が欠かせないと考えます。

 浅草寺では、江戸期に日照りが続くと雨乞いの儀式を行っています。浅草近くを流れる川の源流・秩父に行き、湧き水をもらってきてそれを使って雨乞いの儀式をしています。

この時代、秩父は札所巡りもありましたが、誰もが秩父に行っていたわけではありません。秩父の景色を知らない人の方が多いでしょう。

けれど、目の前の川の源流に雨が降り、その水がここまで流れてくる。そうした自然のつながりは知っていた、感じていた。だから、秩父の湧き水をもらって雨乞いをしていました。

 目の前に見えている自然だけでなく、自分たちはどういう世界に生きているかを、江戸期は江戸期なりに知っている社会でした。

 ところが、いつのまにか私たちは目に見えるものだけしか見えない世界になっているのではないか。このあたりを考えていなくてはいけないのだと感じています。

 私たちの先祖は、「暮らしはつくるもの」「仕事はつくるもの」で生きてきました。ところがとりわけ戦後以降、「仕事は雇われるもの」「暮らしは買うもの」に変わってきました。そのツケが、さまざまな形で私たちを圧迫していて問題も大きくなっています。

 もういちど、「仕事をつくる」とはなにか、を考えていかなくてはいけないと思います。一人でできることもあるでしょうし、仲間といっしょにすることもある、自然があってできる仕事もあるし、地域があってこそ仕事もあります。

 新たな動きにも目を配りながらも、私たちは、この日本の風土は、なにを育んできたのかを絶えずふり返りながらすすんでいくことが大切だと思っています。

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※本記事は、2018年6月16日~17日に上智大学で行われた、
「森林と市民を結ぶ全国の集い2018 in 東京」閉会プログラムでの
内山節の講演内容の記録となります。
 (※森林と市民を結ぶ全国の集い2018  活動レポートはこちら
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「森林と市民を結ぶ全国の集い2018 in 東京」閉会プログラム 講演

プロフィール

内山 節 (うちやま たかし)哲学者

森づくりフォーラム代表理事
1970年代から東京と群馬県上野村の二重生活を続けながら、在野で、存在論、労働論、自然哲学、時間論において独自の思想を展開する。2016年3月まで立教大学21世紀社会デザイン研究科教授。著書に『新・幸福論 近現代の次に来るもの』『森にかよう道』『「里」という思想』『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』『戦争という仕事』『文明の災禍』ほか。2015年冬に『内山節著作集』全15巻が刊行されている。

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