内山 節 ライブラリ

『自然をもって自然を制す』

かつての日本海側には、青森から山口にいたる長大な海岸林が築かれていた。
もちろんそれは一気につくられたわけではなく、
長い年月をかけて松林として造成されていったものである。

日本の歴史をみると、元々は山裾やちょっとした高台などが
人間たちにとって暮らしやすい場所だったようだ。
どこにいっても暴れ川が流れていた日本では、
いま平野になっているようなところは洪水にあいやすい場所でもあったのである。

ところが人口が増えてくると、
人間たちは下流域でも暮らさなければならなくなった。

日本海側では冬に寒風の吹き荒れるところが多い。
その風が海岸の砂を巻き上げ、内陸側に砂を落とす。
その結果川がせき止められたりして沼ができ、河口近くになると川は沼に流れ込み、
沼が海とつながるというような様相を呈していた。
つまり数多くの潟が生まれていたのである。

このような場所に安定した農村をつくるためには、
飛砂(ひさ)を止めることが必要だった。
大量の砂が飛ぶかぎり、堤防をつくったくらいでは
どうにもならないのである。

人々は海岸近くに松林を造成し、松林と海のあいだにもハマボウフウなどの
海岸性植物を植えるなどして、砂が飛ばないように工夫した。
そのうえで川の流路を固定させ、安定した農村をつくりだしていった。

といっても砂が動いているかぎり植物は定着することができないから、
砂浜に垣をつくり、そこに松や海岸性の植物を植えていくという方法が採られている。
それらの多くは江戸後期くらいから農民の発想で
おこなわれていったが、農民の力だけではどうにもならず、
明治以降になって国有林野事業として実現していったケースも多かった。

 

先月久しぶりに、石川県加賀市にある海岸林を見にいった。
ここも海岸林が完成したのは国有林野事業に組み込まれてからであったが、
江戸時代から農民たちの試みはつづけられている。

いまでは松林が雑木林に変わりはじめている。
それは自然の成り行きとしては妥当なことで、
松によって安定した林ができて次第に土壌が豊かになっていけば、
そこに雑木が入り込んでくる。

そのことによって落ち葉が増え、ますます土壌の栄養度が高くなれば
松は暮らしにくくなっていく。

かつて松林が維持されたのは、周辺で暮らす農民が生えた雑木を
薪として切って持ち帰ったり、松の落ち葉を焚きつけ用に集めて使っていたからで、
それが栄養度の低い土壌を好む松を維持させていた。

薪や落ち葉が必要なくなれば、雑木林化していくのは当然である。
それでよいと考えるか、やはり松林を維持させるべきだと考えるのかは、
その地域の人たちが決めればよい。

 

ところで、このような海岸地域の治め方をみていると、
日本では自然の猛威を制する方法として、
自然を造成するという手法が採られていたことがわかる。

自然を人工的に押さえ込むのではなく、
新たな自然をつくることによって、
いわば自然の力を用いて自然を制するという
やり方が用いられていた。

だから自然が壊されるのではなく、
新しく人間と関わりをもつ自然の世界が生まれていった。

加賀市の海岸林も、いまでは数多くの動植物が暮らす場所になっている。
そしてその世界が内陸部の地域をまもっている。
そんな関係が生みだしたものなのかもしれないが、
この地にある鴨池ではいまでも面白い鴨猟がつづけられている。

鴨池は、周囲を雑木林の丘に包まれたラムサール条約に登録された
沼なのだけれど、ここには数多くの鴨が飛来する。

鴨猟といえば散弾銃で撃ちそうなものだが、ここでは網猟である。
といっても網を仕掛けておくわけではなく、
網をもった人が林のなかに隠れている。
早朝鴨たちは沼を飛び立って餌場に向かい、夕方には沼に帰ってくる。
その頂付近では林近くを飛ぶ。
その瞬間に網を上げて捕るのである。捕れる可能性は朝夕の二回しかない。

その年のさまざまな条件から鴨がどこを飛ぶかを推測するのがすべてで、
毎年鴨猟がはじまる前には周囲の丘を区画割りして、
各区画の待ち伏せする権利を入札で決める。
何とも牧歌的な猟なのだが、いまでもこの猟法以外が禁じられているために
毎年鴨が減ることもない。

自然をつくって自然を制してきた人たちは、
自然と人間がともに生きる術を知っていたのだろう。

加賀市ではこんな自然と人間の世界を
世界文化遺産にしたいと考えているようだが、
それは確かに地域の人々が築き上げたひとつの文化である。

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※本記事は、「山林」(大日本山林会 発行)にて連載中のコラム
 「山里紀行」より第304回『自然をもって自然を制す』より引用しています。
(2016年9月発行号掲載)
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プロフィール

内山 節 (うちやま たかし)哲学者

森づくりフォーラム代表理事
1970年代から東京と群馬県上野村の二重生活を続けながら、在野で、存在論、労働論、自然哲学、時間論において独自の思想を展開する。2016年3月まで立教大学21世紀社会デザイン研究科教授。著書に『新・幸福論 近現代の次に来るもの』『森にかよう道』『「里」という思想』『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』『戦争という仕事』『文明の災禍』ほか。2015年冬に『内山節著作集』全15巻が刊行されている。

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