内山 節 ライブラリ

『風土の価値』

 私の知り合いに、山梨の勝沼でワインをつくっている人たちがいる。

 勝沼のワインの歴史は明治にさかのぼる。基本的な技術はフランス人から学んだ。しかし、順調にすすんだわけではなかった。フランスと日本では気候が違うのである。もうひとつ、日本では生食用のブドウが中心だから、そのブドウはワイン用には適していないという問題があった。たとえば平安時代から栽培している甲州ブドウはワイン用としては糖度が低く、そのままでは熟成された発酵が実現できなかったのである。それではとシャルドネなどのフランスのブドウ品種を栽培してみると、夏の湿度の高さと土中の水分の多さから実が大きくなりすぎて割れてしまうこともあった。これでは二級ワインしかつくれない。

 試行錯誤を重ねるうちに、勝沼では、風土に合ったワインづくりをしないかぎり一級品はつくれないという考え方が広がっていった。外国のまねをしていたのでは、最高のものは生まれないということである。白ワインをつくるブドウとしては、古代から栽培され、日本の土や気候に適している甲州ブドウに回帰する傾向が定着していった。

 いまでは甲州ブドウからつくったワインはフランスにも輸出されている。一級のワインとしてフランスで評価されるところにまできたのである。もっとも知り合いの醸造家は「これは日本酒かもしれない」と言っている。ブドウでつくった酒、日本の風土を感じる酒である以上、日本酒といっていいのかもしれないという意味である。ワインはブドウ栽培の過程でも、発酵していくときも、その風土のなかでおこなわれていくのだから、ワインに凝縮しているものは風土なのである。それこそがワインの価値だ。

 現在とは、このような考え方と、風土を無視した考え方が交錯している時代なのかもしれない。たとえば工業製品をみても、かつての日本の製品は何よりも壊れにくいという特徴をもっていた。そこに人びとは日本の物づくりの風土を感じていた。

 ところがいまの日本メーカーの製品は、製造コストを引き下げることができればどこででも生産するようになった。その結果壊れにくいという特徴も失われ、価格競争だけが展開する時代に巻き込まれていった。工業製品から日本の物づくりの風土が感じられなくなったのである。こうして海外市場で日本製品が苦戦する時代が生まれてしまった。

 その一方で日本の風土から生まれたものに、人びとは関心を寄せている。それが日本の文化であったり、日本の工芸品や和食、漫画だったりするのだけれど、たとえばフランスの子どもたちも「日本の漫画は奥行きが違う」などと感じているのである。日本の風土がなければ生まれなかった漫画だというように。私たちが海外旅行に行ってみたいと思う動機は、日本とは違う風土のなかを旅してみたいということだろう。そしていまでは同じ関心をもって日本を訪れる外国人たちもふえている。

 考えてみれば、私たちが食べ物に求めているものも同じようなことだ。北海道の風土がつくりだした食材、北陸の風土が生んだ料理・・・。ここでも風土を感じるものが良いものとしてとらえられているのである。

 それは森林と木材との関係でもいえる。良い森林は風土とともにある森林だ。だからそれは白神のブナ林であったり、木曽の天然ヒノキの森や尾鷲のヒノキの人工林、吉野のスギの人工林であったりする。天然林であれ人工林であれ、風土を感じさせる森は良い森だ。そのような森は人びとを惹きつける。

 ところが木材は風土を感じさせないのである。もちろん一部には木材に風土を感じている人びともいる。その人たちはどこで生まれた木材かにこだわるし、いまでは地元材で家をつくる動きも存在している。しかし一般的には木材は汎用商品であって、せいぜい国産材かどうかくらいにしかこだわらない。

 木材が風土を感じさせる素材になるためには、建築技術や住まい方を一体でなければならないのである。風土を感じさせる建築、風土を感じさせる住まい方があってはじめて、木材は風土を提供する。そのことをうまく実現できなかったとき、木材は汎用商品になってしまう。

 これからは木材輸出も増えてくるだろう。そのとき考えなくてはいけないことは、単なる建築部材として輸出するのか、それとも日本の風土を感じる木として木材を輸出するのかである。公社の場合は建築や住まい方を含めて海外に提供することが必要になるが、それこそがいま海外の人たちが日本に求めている価値でもある。

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※本記事は、「山林」(大日本山林会 発行)にて連載中のコラム
 「山里紀行」より第291回『風土の価値』より引用しています。
(2015年8月発行号掲載)
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