内山 節 ライブラリ

『新しい観光資源』

『新しい観光資源』

上野村に通いはじめた1970年頃は、村に何軒かの旅館があった。
ほとんどは商人宿といった感じで、富山の薬売りや行商、
仲買の人たちなどが使っていた。
いま残っているのは一軒だけで、ここは昔からある由緒正しい旅館である。

70年代に入ると村は観光に力を入れるようになった。
国民宿舎をつくり、道路整備などにも力を注いでいった。
その成果は徐々に現れていったが、この頃の観光客といえば、
釣り客と登山の人たちがほとんどだった。
村を流れる神流川はとてもよい渓流釣りの場所で、上野村の山はせいぜい
標高1,500メートル程度なのに、山頂付近は岩場で変化に富んでいる。
登山客にとっては面白い山なのである。

こうして少しずつ観光客がふえてくると、商人宿が消えていった代わりに
民宿などもふえてきて、また村も新しい宿泊施設を建設していった。
釣りや登山者だけではなく、自然を楽しみに来る人たちも現れるようになって、
いつしか群馬の秘境というイメージがつくられていった。

昔からの雰囲気を残している村があり、広葉樹林の多い森が包んでいる。
そして谷底を神流川が流れていく。そんな森が都市の人々を惹きつけるようになった。
日航機の墜落によって何年か観光客が激減した時期もあったけれど、
こうして上野村はひとつの観光地にもなっていった。

2015年はおよそ21万人が村を訪れている。
1250人ほどの村だから、人口比では結構な観光地である。

 

ところで「観光」は中国からきた古い言葉で、
訓読みすると「光を観る」、「光を観せる」となる。
「『光り』を観せているから、その『光り』を観に来る人たちがいる」
ということである。

京都や奈良だと寺社建築や仏像、古代からの文化などが「光り」
ということになるが、上野村では自然や昔からの雰囲気をもつ村が
「光り」の役割をはたしていった。
時代の変化がそれを「光り」にしていったといってもよいし、
村がそれを「光り」として提起してきたといってもよい。

だが2015年は少し様相が変わっていた。
上野村は、森とともに生きる村を再確立しようとして長年努力してきた。
村の96%を森林が占める。といっても、通常の林業村ではないから、
人工林率も低いし、人工林はほとんどが戦後の造林である。

現在では村は年間9,000立方の木を切り、
全量を上野村森林組合の製材所に搬出している。
ここで建築材などに使える木は柱や板に製材し、
広葉樹材の一部は木工用原料として製材される。
上野村は1970年代から木工職人の育成を図ってきて、
それは木に付加価値をつける方法でもあった。

伐採木は全量搬出だから、製材後には材として使えない木が5,000立方ほどでる。
それらがペレットの製材工場に運ばれ、ここで木質系ペレットと畜産の敷き藁
代わりに使うチップ、さらにキノコの生産のための菌床用オカクズづくりが
おこなわれる。キノコ生産も村の主力産業のひとつである。

ペレットは温泉の加熱や農業用などのボイラー燃料、
村人が使うペレットストーブ用、さらに発電用燃料などになっていく。
最終的には地域エネルギーで暮らせる村をつくることが目標で、
この森林利用体系のなかに働く場もつくってきた。

地域エネルギーで暮らすという意味では、それは伝統回帰であり、
共同体を守りながら上野村全体をひとつの社会的企業にしていくという
村の目標もまた、昔の共同体の姿の現代的再現である。
共同体的な雰囲気や伝統文化を守りながら、
新しい技術なども導入して現代的な伝統回帰を図っていく。
そういう村づくりをすすめてきた。

どうやら、そういう村づくりをしているということに「光り」を
感じる人たちがふえてきたようだ。
2015年は、そういう村づくりをしている村だからいってみたい
という人がかなり訪れていた。
村づくりの方向性が、観光資源にもなっていたのである。
そういう村がつくりだす景色や村の雰囲気が、
新しい設備とともに人々を惹きつけていた。

また時代が変わってきたのかもしれない。
商人宿のある村から釣りや登山客の訪れる村へ。
それは戦後の経済や娯楽の変化が生みだしたものだ。
さらに自然や伝統的な村が観光資源になる時代が現れ、
昨年あたりからは村づくりの方向性も観光資源になりはじめた。
前者は高度成長をへて、自然回帰や失われたものへの関心が
高まることによって生まれたものだし、
後者は、自然とともに生きる地域に価値をみいだす時代がつくりだしたものだ。

上野村はこんな変化とともに生きる村である。

上野村の山林(上野村HPより)

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※本記事は、「山林」(大日本山林会 発行)にて連載中のコラム
 「山里紀行」より第302回『新しい観光資源』より引用しています。
(2016年7月発行号掲載)
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