内山 節 ライブラリ

『上野村の動物たち  (2)サル』

2002.02.05 森づくりフォーラム会報77号寄稿

 上野村のサルは、長い間、中の沢の源流で暮らしていた。そこは天然の森がつづく国有林のなかで、最後の人家から歩いて2時間ほどのところである。

 この谷に、200~300匹の大きな部族がいた。猟や釣りの人がたまに見かけるだけで、人との交流がないサルであった。

 このサルの群れが最初に移動を開始したのは、いまから20年ほど前のことで、その頃中の沢の国有林が皆伐されている。サルたちは山をひとつ越え、村では本谷と呼ばれている神流(かんな)川源流に、新しい陣地を構えた。といっても人と交流しないのは相変わらずで、私もたまに本谷深く釣りに入って、その姿をみかけるだけだった。

 このサルの生活が一変したのは、15年ほど前の、日航機事故の後である。サルの陣地の少し上流に飛行機が堕ちた。連日ヘリコプターが舞い、数千人もの人が山に入った。サルたちの平穏な暮らしはこわされた。

 このときサルは、おそらく生存の危機を感じたのであろう。大部族を解散し、小隊に分けて各地に散った。上野村では、里でサルをみかけるようになったのは、このときからである。そしてこのサルたちが、畑を荒らす「害獣」と化すのは、時間の問題であった。

 村や集落の入り口には、道祖神がよく祀られている。街道脇に安置されているのが普通で、魔物退治の役目を担っていた。病や悪霊が入ってこないようにしたのである。道祖神自信が悪霊であるという説もあり、悪霊をもって悪霊を退治するとも言われている。霊界と現世界を往き来できる生命力の強い神で、この生命力の強さに対する信仰から、後に、縁結びや安産、子宝の神として敬われるようにもなる。

 道祖神が街道に置かれることに象徴されているように。かつての村では、外から入ってくるものは重要であった。村はたえず新しいものを入れ、外との交流のなかで生きてきたのである。ところが外からは困ったものも入ってくる。そこから道祖神の役目が生まれる。

 上野村のサルは、自然界、それも奥山という「村」の外から入ってきた。その原因をつくったのは、奥山の伐採であり、飛行機事故であった。いわば人間の文明が自然界の平穏をこわし、その結果自然界の「魔物」が「村」に入ってきて、「村」の平穏をこわすことになったのである。

 前号で述べたように、もともと「村」とは、人間の社会だけをさしている言葉ではなく、その周囲にひろがる自然の世界をふくめた概念であった。だがその自然の世界は無限にひろがっているのではなく、それは村人が共に生きていると感じるひろさ、つまり日々の生活のなかで関わっているひろさである。その外には、人間たちが畏敬をもって接する、神や悪霊と暮らす自然界があった。

 村人にとって、森は一様なものではなかった。


2002.02.05 森づくりフォーラム会報77号寄稿